| ○ | 日本では、宗教団体は内に籠もっていればよく、社会における実践は別の場所で担えばよいと考えられがちである。信仰を個人の内面に限るなら、社会における実践との間に断絶が生じるだろう。SSEの実現には、理念と活動とが一貫性をもって伴わなければならない。日本人の社会意識は「世間」には気を配っても「社会」を意識の対象から外しがちで、本教が社会内存在であることをどう捉えるかという問題につながる。金光教の信仰とSSEの議論は直接には別々でありながら、現在の状況を捉え直し、大切な価値観に基づいて仕組みを組み直そうとする点でパラレルな関係にあると捉えられよう。
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| ○ | 働くことが困難な人びとを受け入れる場では、担当を割り振っていても、当日になって来ないこともある。その日の業務は来た人たちで回し、後から一人ひとりと時間をかけて対話し、関係者全体で事情を理解し合う営みが重ねられている。そこでは、よく休む人を「貢献していない」と見るのではなく、「よく休む人がいるおかげで、私も休める」と捉える関係が成り立っている。普通のアルバイト先では無断欠勤は切り捨てられかねないが、ここでは異なる手間暇をかけた運営がなされている。ただし、来ない人の分を担う以上、間に入る人びとの負担は避けられない。ここで培われた対話と納得の知恵が他の組織にも活かされることが望まれる。
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| ○ | 福祉サービスの利用者が働き手となる事業では、利用者の出欠によって当日の業務の進み方が変わり、利用実績が売上に直結する。こうした不確定要素を抱えながら、収入を確保し、事業を継続していかなければならない。介護保険制度の導入以後、NPO法人は営利法人との競争にさらされ、その手法を取り入れながら経営せざるを得なくなっている。
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| ○ | SSEの理念を学んでも、その学びを生かせる場がなければ、行き詰まる人を増やすだけになりかねない。一般的な意味での「労働」からこぼれ落ちる人びとについては、それぞれの事情や能力に応じて働く場をつくるワーカーズ・コレクティブや、障害のある人びとのアートを社会的な発信に生かす仕組みなどが考えられよう。経済的価値を生み出していないと感じる人でも、その存在自体を尊いものとして認め、受けた恩を返すことが幸せや生きがいにつながるという視点は、こうした包摂のあり方を考える上で重要である。
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| ○ | 核家族化、定年の延長、女性の社会進出といった社会の変化は、教会やお寺の営みをSSEとの関わりで捉え直す契機となる。以前、企業のリーダーたちが集まる場で、僧侶が「良き祖先になろう」と七代先のことを語ると、会場の雰囲気が一変したのを見たことがある。宗教者が別の価値観を持ち込み得る可能性は、「産業僧」として社会に出る動きや、NPOや宿坊を立ち上げる動きにも現れている。教会やお寺が古くからSSEの担い手として機能してきたとすれば、教会が事業を行うことの難しさがどこから生じているのかも、改めて考える必要があるだろう。
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| ○ | 結(ゆい)や講(こう)といった相互扶助の仕組みは、各国にさまざまな形で見られ、SSEの一つの形として捉えられる。フェアトレードや循環型経済もその延長上にある。
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| ○ | 圧倒的に大きな資本主義的経済圏の中で、特定の価値観に基づくSSEの実践は、どのような支えの上に成り立っているのか。外部との金や物のやりとりを通じてようやく息をつなぐような営みが人間の現実だとすれば、SSEの実践もまた、その外部にある資本主義的経済の仕組みに支えられているのではないか。
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| ○ | SSEは外部との接触を断った閉じた空間ではなく、社会に働きかけながら広がっていくものと考えられる。資本主義を内部から改良してSSEへ移行するのか、別のものとしてつくるのかを二者択一に論じるより、具体的な活動が何を実現しようとしているのかを見ることが重要だろう。
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| ○ | 人間は金も時間も友人も求める存在であり、「金持ち」と「時間持ち」を単純には分けられないのではないか。「止まらない利潤追求」が人間の性(さが)としてあるならば、経済の仕組みだけでなく、人間観そのものを問い直す必要があるだろう。
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| ○ | 共同体論は、近代化が共同体を乗り越えていくという見方から、共同体や関係性への回帰を重視する見方へと変わってきた。迷信打破や近代化の路線から「あいよかけよ」の再発見へと向かう本教と教学研究の流れも、そうした変化と重なってくる。ただし、近代的な個人を前提とした関係性の回復には検討の余地があり、個人は「リレーショナルな個人」として捉え直すことが求められよう。
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| ○ | 仕事と楽しさが結びつくという提起には、子供の頃のバザーや運動会、演劇の思い出が重なる。「今だけ、金だけ、自分だけ、人間のためだけではない」との言葉には、「金光教のためだけではない」も付け加えたい。宗教が社会に迎合してはならないとの意識が行き過ぎれば、非戦ネットや平和集会まで政治的活動と捉え、何もしないことを選ぶ人を生みかねない。結界取次さえすればよいという態度に閉じこもり、神様を自分が何もしないことの理由にしてはならないだろう。
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| ○ | 教団の社会問題への対応をめぐっては、例えば個々の教会にはハンセン病患者と一緒に暮らすなどの社会実践の伝統があり、そうした歩みを見出してきたところに教団史研究の役割がある。その意味で、教務教政目線の把握に留まらず、戦後における個々の営みをどう捉えるか考えたい。
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| ○ | 労働と生活を分離しないSSEの考え方は、教祖が母屋をお広前として神勤を始めたことと重なり合う。教祖広前から各地の出社へと信仰が広がったお道の歩みにも、SSE的な仕組みはすでに備わっていると考えられないか。
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| ○ | 「金子御さしむけ覚帳」に記されたお供えやお下がりは、神の差し向けとして捉えられていたのではないか。何事も天地の神の差し向けであるという教祖の考え方からすれば、お下がりをいただくことも、金銭に困った人や難儀な人に貸したり与えたりすることも、同じく差し向けとして受け止められていたと考えられる。全てを差し向けと見る考え方を、資本主義でもマルクス主義でもない経済的・社会的なシステムとして、どう構想できるのか。お下がりをいただいた後にお返しをするのは広い意味での互酬であり、時間をかけ、次の世代に引き継ぎながら神様へお返しすることでもあり得る。
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| ○ | ボルドーのSSE国際会議では、ガザ地区からの講演者が「SSEは平和のための経済か。そうだと言えるのか」と研究者たちに厳しく問うた。平和とは単に暴力がなくなることではなく、心や思いまで占領されないという抵抗であり、従事する人びとが生きがいを感じ、神様も喜ばれる営みが実現できるかどうかが問われている。このような差し向けと互酬の経済は、平和のための経済という問いにも重なってくる。
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| ○ | 「絆」は家族や国家などの集団があって初めて成り立つのに対し、「縁」は集団を前提とせず、個と個とが結ばれる関係として捉えられる。教団や教会についても、集団を先に置く絆モデルで考えるのか、神様が結んでくださる縁の連なりとして考えるのかによって、そのあり方は変わってくる。
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| ○ | 「御神縁は神様が結んでくださるもの」であり、縁はすべて差し向けであるという理解に立てば、絆という言葉に含まれやすい道徳主義化への警戒も必要になる。物やお金を介した縁は少なくなっていくとしても、縁は深いものとしてありたい。「つながりを問い直す」ことは、これまでのつながりを懐かしむだけでなく、今後に向けてどのような身構えを持つかを問い直すことでもある。
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