教学研究会

大 中 小 文字サイズ

第65回教学研究会



 開催日:令和8年6月19日

第64回教学研究会

 6月19日、金光北ウイングやつなみホールにおいて、「〈つながり〉を問い直す―信心のありか、そのゆくえ―」とのテーマの下、第65回教学研究会が開催された(オンライン併用)。

 この度の研究会では、午前に個別の研究発表、午後に全体会が行われた。全体会では、SNS等を通じてかつてないほど互いに「接続」されながら、しばしば「分断の時代」とも呼ばれる現代にあって、神と人、人と人との〈つながり〉を重んじてきた本教の信心について、そのあり方をあらためて問い直す手がかりを得るべく、斎藤文彦氏(本所嘱託・龍谷大学)による講演と、藤本拓也氏(赤羽・金光教国際センター)、山田光徳(所員)によるコメント、そして全体討議を行った。

 開会に当たり、大林浩治所長が大要次のようにあいさつした。

○

 今回のテーマは、いま誰もが接続され「つながって」いる一方で、意見の対立など分断を意識させられている現代固有の問題として、インターネットやSNS空間の広がりを想定している。そうした想定をしつつも、いざ具体的に「つながり」の何をどう考えるのかとなると、掴みどころのなさを覚える。そうした戸惑いの中で思えてくるのは、つながる前とつながった後で人々の間に何が起きたのか、その変化の実態を歴史や制度の側から紐解いてみるべきではないか、ということである。

 一例として、近代国家が人々を「国民」へと編成していく制度設計の歴史から、近年話題に上る夫婦別姓の問題を考えてみたい。明治初年に苗字が許された際、庶民の関心は薄く、戸長や檀那寺の和尚に付けてもらう者が多かったという。また、明治九年の太政官布達では、嫁いだ女性には実家の姓を名乗ることが求められた。つまり、政府が最初に正式に認めたのは夫婦別姓で、現在の夫婦同姓が確立するのは明治三一年の民法制定からである。このように、いまでは自明とされる〈つながり〉も、仕組みの歴史から見れば、不変の伝統ではなく、時代の要請で形作られたものだと分かる。信心についても、教団という〈つながり〉の仕組みを見極めることなしに、今後の展開を語ることは難しいのではなかろうか。

 本日の講演では、斎藤先生に資本主義経済を〈つながり〉から捉え、問題提起していただくが、その前提として、資本主義経済が形成する〈つながり〉について私の関心を述べたい。マルクスが『資本論』の冒頭に置いた「商品」の考察で捉えたのは、商品を生産し消費するはずの労働者自身が、労働力の商品として売り買いされる姿である。また、マルクスの友人であるエンゲルスも、そうした労働者の実態を一八一年前につぶさに描いたが、その光景は、現代のギグ・エコノミー(インターネットを介した単発・短期の仕事の集合として成り立つ経済)の現場に似かよっており、商品化の中での人間の〈つながり〉を歴史的に問うことが求められていよう。

 こうした資本主義経済の現状に向けては、戦前に片島幸吉が「あいよかけよ」を取り上げたことが想起される。片島は大正から昭和にかけて、賀川豊彦の活動で知られる神戸新川のスラムや部落問題に関わり、労働運動や社会事業に取り組んだほか、阪神間の青年教師の『資本論』読書会や新生舎活動にも連なった。片島はそこでの実践を通して、「あいよかけよ」を呼び起こし、「協同の精神」として現場に投げ返そうとした。彼らの新生舎活動を、キリスト教の社会館や仏教界の光徳寺善隣館のような、宗教施設を地域に開放する改革の動きに連動したものと見ると、いま自明で伝統的だとされている「教団」や「教会」という形態をも見つめ直す契機となりうるだろう。こうした着目を、単発的・局所的であるがゆえに、歴史の「あだ花」として済ませてよいのだろうか。今回の講演での社会的連帯経済や「あいよかけよ」への着目が、私たちの考え方の仕組みをどう見返すことになるのか。社会に求められる変革の契機が、自分たちの信心の深まりと同時に切り結ばれるような、実りある議論を期待したい。

○

 以下、午前の個別発表の題目と、午後の全体会の概要を記す。


午前 個別発表

A会場
○濵田裕太郎(助手)「信仰における金光大神事蹟の位置
    ―和泉乙三・高橋正雄の言説に注目して―」
○堀江道広(所員)「金光萩雄の『金銀出入帳』について」
○白石淳平(所員)「維新期の動乱と金神のあらわれ
    ―岡山城下の様相に注目して―」

B会場
○森定展開(助手)「明治期の本教における事業トラブルの顛末とその意味をめぐって」
○須嵜真治(所員)「メディアをめぐる経験の諸相とその意味
    ―昭和50年代を中心に―」
○高橋昌之(所員)「東日本大震災と本教の神観・救済観
    ―教義の価値付けを問い直す―」


午後 全体会


【講演】第65回教学研究会講師写真
奪い合いの経済からあいよかけよの経済へ
  ―社会的連帯経済の可能性―  
斎藤文彦(教学研究所嘱託・龍谷大学教授)


 私たちは今、経済的不平等の拡大、社会的分断、気候変動という複合的な危機のただなかにあり、個別の政策対応では追いつかない。求められているのは、あたり前と思ってきた社会システムそのものの問い直しである。この問い直しは、遠い世界の話でも抽象論でもない。ワーク・エンゲージメント(仕事への没入度)の国際比較では、日本のビジネスパーソンは南アフリカより低く、多くが金銭のために働き、やりがいを見いだせないという。それでいいのか、というのが、本日の問いである。

 そこでまず、この問いの背景にある資本主義を理解するため、その前提に目を向けたい。ここで問題にするのは、市場での売買そのものではなく、産業革命以降、利潤追求の仕組みが社会の様々な分野を律してきた資本主義である。ナンシー・フレイザーは、資本主義が、実際には成り立たない三つの前提の上に成り立ってきたと指摘する。すなわち、①自然の利用と②ケアの営みをタダとし、③政治と経済は分離可能だとする前提である。その矛盾が今、気候変動、ジェンダー格差、民主主義の空洞化として顕在化している。また、カール・ポランニーは、経済には「交換」「再分配」「互酬」という三つのタイプの活動があると指摘したが、グローバル化した資本主義の経済は、交換に圧倒的な注意を集中させ、再分配と互酬をかなり軽視してきた。つまり、交換を否定することではなく、交換だけに偏るのが問題だということだ。経済の多様な営みを氷山にたとえれば、水面上に見えるのは交換の活動だが、それを成り立たせているのは水面下の再分配や互酬の営みだからである。

 こうした問題意識から近年世界的に着目されているのが、社会的連帯経済(SSE)である。顔の見えない関係に分断されがちなグローバル経済に対し、SSEは、生産者と消費者が交流によって相互の理解を深めつつ、地域における問題解決能力を高め、各種の経済活動が公共性を持つ経済である。もっと単純化していえば、仕組みによって無理やり選ばされるのではなく、それぞれが考えて選択し、それによって納得するというように、経済を民主化するということである。資本主義が、損得を合理的に計算できる人間を前提とし、自由と平等のもとでの競争の勝者に報いるのに対し、SSEは傷つきやすい人間を前提とする。資本主義のもとでは金持ちになることが幸せとされるのに対し、SSEでは「今だけではない、金だけではない、自分だけではない、人間のためだけではない経済」という言葉に示されるように、自分のやりたいことに使える「時間持ち」や、仲間のいる「友達持ち」が重視される。

 SSEという言葉は耳慣れないかも知れないが、その考え方は日本に無縁ではない。近江商人の「三方よし」、石田梅岩の石門心学における正直・勤勉・倹約の徳目、二宮尊徳に由来し渋沢栄一らによって広められた報徳思想など、その理念と共鳴する土壌が存在してきた。石門心学の「正直」とは、嘘をつかないことだけでなく私欲のなさを指し、関係者との信頼の上で経済活動を行う倫理である。しかし、一九六〇年代以降、日本は高度経済成長に成功しすぎたために、様々な重要な点が忘れられていく。やがて「経済的価値を生み出さない人間は社会に無益である」という価値観が浸透していった。その価値観の浸透を示す次のような話を、和歌山県の「麦の郷」で聞いた。引きこもりを経験した人が、コンビニで「あんまん」を買いたいけれども言い出せないという。その人が言うには、「自分は引きこもりで、社会に役に立たない人間です。コンビニで働いている従業員の方は、あれだけ忙しくされている。私みたいな人間が行って、さらにその人を忙しくするのは申し訳がない」とのことであった。通常の福祉支援であれば、家で買い物の練習をしてから店に行くということになるだろうが、この語りはそれとは次元が異なる。これは、「経済的価値を生み出さない人間は社会に無益である」という価値観が、当人の内面にまで入り込んでいることを示している。

 ところで、SSEを根付かせる制度的な動きとして、二〇二〇年末に「労働者協同組合法」が成立した。出資・経営・労働を一体化し、働く者自身が出資者であると同時に経営の主体となり、事業や働き方、利益の分配まで話し合いで決める仕組みだ。小さな地域の実践を社会全体に広げるには、同じ志の実践が各地で触発し合うこと(Out-scaling)、労働観・人生観が内側から変わること(Deep-scaling)、政策や法制度に定着すること(Upscaling)の三つの回路が必要である。特に重要なのは、働くことを給料のために仕方なくするものと考えていた人が、働く楽しさを実感し、その価値を内面化して共感する人が増えるディープスケーリングだ。私がSSEに出会ったきっかけは、東日本大震災後の福島の農家の方々との関わりである。原発事故後の風評被害で取引先を失った農家が自ら流通経路を開拓する姿を追う中で、世界では条件不利な地域ほど自主的に共同組合を作って地域を守ってきたという実践に触れた。それは本屋でたまたま知ったという以上のものとして、神様が「これを勉強しなさい」と言っておられるように受け取った。

 最後に、金光教の信心との関わりに触れたい。金光教の世界観や人と神との関係性は、SSEと親和性が高いと考えている。「今だけではない、金だけではない、自分だけではない、人間のためだけではない経済」の「経済」を「おかげ」に置き換え、「今だけではない、金だけではない、自分だけではない、人間のためだけではないおかげとは何か」とすると、私たちの意識を問い直すことができる。それは、人間から見ても神様から見ても、現在から見ても将来から見ても「おかげ」と言える関係を問うことである。その時間軸の具体例として、料金を定めず、前の客があなたの分を払ってくれたなら、あなたが次の人の分を払う「恩送り」のレストランがある。これは「今だけではない」を実現する一つの実験である。この問い直しが、神様の願いにかなう社会や経済の構築につながるのではないか。そして、そのためにも、資本主義が「あたり前」となった今日、私たち自身の価値観の再検討から始めなければならないだろう。


【全体討議に向けたコメント】
①贈与・ケア・通俗道徳
 藤本拓也(赤羽・金光教国際センター)
 講演で繰り返し語られた「あいよかけよ」と報徳思想を、贈与・ケア・通俗道徳の三つの視点から検討したい。「あいよかけよ」は、『金光教教典用語辞典』では「神と人、人と人との関わり合い」を表す言葉とされる。その基本に「神・人あいよかけよ」を置き、その延長として人と人、人と万物とのあいよかけよへと広がると捉えたい。人間は世界に対して与えられた「受贈的存在」であり、無数のお世話(ケア)の中で生かされる「贈与内存在」である。SSEとの接続は、生かされている世界をいかに生かし返すのかという問いへ導かれる。

 贈与の視点では、「与える・受け取る・返す」の循環があり、「あいよかけよ」も類似するが、深層には根源的贈与への「ご恩」が基盤にある。報恩は返済ではない。賜った命や天地そのものは返済不可能であり、神様と人間の間には、返し切れない「済まなさ」「ありがたさ」が残る不均衡な関係がある。キリスト教では負債と罪を結び付け自己否定する価値観があるが、本教には「お礼」「感謝」「喜び」の信心が流れている。それは「せめてものご恩に報いる」という今の金光様のお言葉にも通底している。報恩とは世界を生かし返すことであり、そこから片島幸吉師の「世のお役に立つ」社会実践や「神心の社会化」へと促され、SSEへの展開可能性につながる。

 ノディングスのケア論では、言葉にならない思いも〝ニーズ〟として捉えられ、受容されて初めてケアが成立する。ケアは見返りを求めない純粋な贈与であり、無力な者がケアされる人として受容されることは「聖なるもの」とされる。本教の信心から見れば、ニーズは「神様がその人に充足を願っているもの」である。生の基層にありながら表明されていないニーズを共に探り当てていくことが、取次の営みなのかもしれない。「信心はせんでもおかげはやってある」という教祖の言葉は、無条件にすでに平等に「おかげ」が与えられている、互酬性や交換を超えた地平での贈与を示している。それは、「人間的なあいよかけよ」はもとより、「神・人あいよかけよ」の関係さえ成り立つ以前かもしれないほど深いところでの贈与である。

 他方、「あいよかけよ」の世界観は歴史的には通俗道徳と重なる。石門心学や報徳思想、金光教を含む民衆宗教は、正直・勤勉・倹約などの諸徳目を備えた、通俗道徳的相互扶助の言説としての面をもつ。石田梅岩の「実の商人は先も立、我も立つことを思ふなり」との言葉は、商業の倫理化を説いたものであり、報徳思想の「推譲」「恩送り」は、受けた恩を将来世代や他者へ譲り渡す相互扶助の教えである。こうした通俗道徳の系譜を「あいよかけよ」と結びつければ、家業の業における「あいよかけよ」、すなわち経済活動を実意・謙譲・報恩を伴う営みだとする考え方へとつながる。そこでは、信心の稽古と人格形成を通じて、人を助ける人間へと成長していく。この点はSSEが目指す経済の倫理化とも共鳴する。

 ただし、通俗道徳は明治国家や資本主義を支えた面があり、新自由主義的な「自己責任」「我慢」の言説へ回収されたり、個人の心掛けへと問題を還元して、制度的問題である貧困や格差、社会的孤立といった構造を不可視化したりする懸念がある。また、ケアの美徳化が特定の人々に無償労働を負わせるという問題もある。「あいよかけよ」とSSEの接続は、精神主義的な道徳的助け合いへの回帰であってはならず、「正しさの押し付け」には警戒が必要である。

②斎藤講演に対するコメント―教団史研究の立場から―
 山田光徳(所員)
 講演を受け、私には、①戦後の金光教は社会・政治問題とどうコミットしてきたのか、②本教信心における実践とは何か、という二つの疑問が浮かんだ。戦後を舞台にその疑問を探ることで、講演を受け止める上で考えるべきポイントを示したい。

 まず①については、宮本和寿論文(紀要『金光教学』四二号、二〇〇二年)に学びたい。同論文は、本教の社会性欠如の問題を背景として「二課題」(昭和四三年)の設定に至る議論が重ねられていく過程を分析している。その中では、社会と本教という対抗的関係が前提化されていたこと、また、社会の問題が教会現場の苦悩として語られたり、教団体制や教師・取次の有り様の問題に回収されるなどして、当初願われた論点がズレていく傾向にあったことが指摘されている。こうした傾向は、現在と直接的には比較できないとはいえ、今の我々のありようを検討する視点になるともいえないか。渡辺順一は、本教が社会対応を議論する際に、どこか概念化された「社会」なるものが想定され、そこに生きる人々が見えていないとした。こうした問題には、いつの時代にも注意深くあるべきだろう。SSEの議論をどう受け止めるかに関わって、こうした本教の経験を今改めてどう捉えるか、ここから何を議論していくのかを考えることが必要ではないか。そうした問いがなければ、SSEの話も聞いて終わってしまうことになりかねない。

 次に②について、こうした疑問を持ったのは、SSEの実践例を聞きながら、『金光新聞』のSDGsをテーマとする連載に携わった編集室員への聴取内容が想起されたからだ。その編集室員は、政治やビジネスに利用されているようにも見えるSDGsについて連載を進めることが、社会の関心に「擦り寄っているような感覚」を自身に抱かせ、葛藤につながったと語る。そこには「社会貢献という名目を掲げ、それを利用してしか金光教は存在意義を証明できないのか」との問いもあったといい、そうしたことから改めて、「金光教は何をする宗教なのか」という実践への問いが浮かんできたという。

 この葛藤や問いの持ち方から、宗教は社会に迎合してはいけないという前提的意識がうかがえる。そうした意識は、宗教や信心を高尚なものとし、教師を、社会を導く側と位置づける権威性を帯びた縦型の関係構造を生み出していないだろうか。また、学院教育のテキストなどに示されるように、「結界取次」と「各種活動」とを分け、それらを包括して「生神金光大神取次」と捉える構図は、「各種活動」を副次的な営為と認識させる構造を生み出してきたように思われる。各種活動の重要性は強調されても、それらは教会という働きの中から捉えられる枠組みを離れられず、SSEやSDGsのような社会問題に関わる実践も、教会や教団というフィルターを通さざるを得ない構造があるのではないか。そうとすれば、私たちがSSEを学んでも、やはり副次的営為と位置づけかねないのではないかと思える。とはいえ、災害支援や炊き出しなどの実践は多種多様であり、あれこれ考える前に体が動く、その意義や意味も実践という名付けも、後から与えられるという有り様もある。そうした多様性も視野に入れながら、改めて、私たちの信心における実践とは何かを問い直していくことが重要ではないか。

全体討議

○日本では、宗教団体は内に籠もっていればよく、社会における実践は別の場所で担えばよいと考えられがちである。信仰を個人の内面に限るなら、社会における実践との間に断絶が生じるだろう。SSEの実現には、理念と活動とが一貫性をもって伴わなければならない。日本人の社会意識は「世間」には気を配っても「社会」を意識の対象から外しがちで、本教が社会内存在であることをどう捉えるかという問題につながる。金光教の信仰とSSEの議論は直接には別々でありながら、現在の状況を捉え直し、大切な価値観に基づいて仕組みを組み直そうとする点でパラレルな関係にあると捉えられよう。

○働くことが困難な人びとを受け入れる場では、担当を割り振っていても、当日になって来ないこともある。その日の業務は来た人たちで回し、後から一人ひとりと時間をかけて対話し、関係者全体で事情を理解し合う営みが重ねられている。そこでは、よく休む人を「貢献していない」と見るのではなく、「よく休む人がいるおかげで、私も休める」と捉える関係が成り立っている。普通のアルバイト先では無断欠勤は切り捨てられかねないが、ここでは異なる手間暇をかけた運営がなされている。ただし、来ない人の分を担う以上、間に入る人びとの負担は避けられない。ここで培われた対話と納得の知恵が他の組織にも活かされることが望まれる。

○福祉サービスの利用者が働き手となる事業では、利用者の出欠によって当日の業務の進み方が変わり、利用実績が売上に直結する。こうした不確定要素を抱えながら、収入を確保し、事業を継続していかなければならない。介護保険制度の導入以後、NPO法人は営利法人との競争にさらされ、その手法を取り入れながら経営せざるを得なくなっている。

○SSEの理念を学んでも、その学びを生かせる場がなければ、行き詰まる人を増やすだけになりかねない。一般的な意味での「労働」からこぼれ落ちる人びとについては、それぞれの事情や能力に応じて働く場をつくるワーカーズ・コレクティブや、障害のある人びとのアートを社会的な発信に生かす仕組みなどが考えられよう。経済的価値を生み出していないと感じる人でも、その存在自体を尊いものとして認め、受けた恩を返すことが幸せや生きがいにつながるという視点は、こうした包摂のあり方を考える上で重要である。

○核家族化、定年の延長、女性の社会進出といった社会の変化は、教会やお寺の営みをSSEとの関わりで捉え直す契機となる。以前、企業のリーダーたちが集まる場で、僧侶が「良き祖先になろう」と七代先のことを語ると、会場の雰囲気が一変したのを見たことがある。宗教者が別の価値観を持ち込み得る可能性は、「産業僧」として社会に出る動きや、NPOや宿坊を立ち上げる動きにも現れている。教会やお寺が古くからSSEの担い手として機能してきたとすれば、教会が事業を行うことの難しさがどこから生じているのかも、改めて考える必要があるだろう。

○結(ゆい)や講(こう)といった相互扶助の仕組みは、各国にさまざまな形で見られ、SSEの一つの形として捉えられる。フェアトレードや循環型経済もその延長上にある。

○圧倒的に大きな資本主義的経済圏の中で、特定の価値観に基づくSSEの実践は、どのような支えの上に成り立っているのか。外部との金や物のやりとりを通じてようやく息をつなぐような営みが人間の現実だとすれば、SSEの実践もまた、その外部にある資本主義的経済の仕組みに支えられているのではないか。

○SSEは外部との接触を断った閉じた空間ではなく、社会に働きかけながら広がっていくものと考えられる。資本主義を内部から改良してSSEへ移行するのか、別のものとしてつくるのかを二者択一に論じるより、具体的な活動が何を実現しようとしているのかを見ることが重要だろう。

○人間は金も時間も友人も求める存在であり、「金持ち」と「時間持ち」を単純には分けられないのではないか。「止まらない利潤追求」が人間の性(さが)としてあるならば、経済の仕組みだけでなく、人間観そのものを問い直す必要があるだろう。

○共同体論は、近代化が共同体を乗り越えていくという見方から、共同体や関係性への回帰を重視する見方へと変わってきた。迷信打破や近代化の路線から「あいよかけよ」の再発見へと向かう本教と教学研究の流れも、そうした変化と重なってくる。ただし、近代的な個人を前提とした関係性の回復には検討の余地があり、個人は「リレーショナルな個人」として捉え直すことが求められよう。

○仕事と楽しさが結びつくという提起には、子供の頃のバザーや運動会、演劇の思い出が重なる。「今だけ、金だけ、自分だけ、人間のためだけではない」との言葉には、「金光教のためだけではない」も付け加えたい。宗教が社会に迎合してはならないとの意識が行き過ぎれば、非戦ネットや平和集会まで政治的活動と捉え、何もしないことを選ぶ人を生みかねない。結界取次さえすればよいという態度に閉じこもり、神様を自分が何もしないことの理由にしてはならないだろう。

○教団の社会問題への対応をめぐっては、例えば個々の教会にはハンセン病患者と一緒に暮らすなどの社会実践の伝統があり、そうした歩みを見出してきたところに教団史研究の役割がある。その意味で、教務教政目線の把握に留まらず、戦後における個々の営みをどう捉えるか考えたい。

○労働と生活を分離しないSSEの考え方は、教祖が母屋をお広前として神勤を始めたことと重なり合う。教祖広前から各地の出社へと信仰が広がったお道の歩みにも、SSE的な仕組みはすでに備わっていると考えられないか。

○「金子御さしむけ覚帳」に記されたお供えやお下がりは、神の差し向けとして捉えられていたのではないか。何事も天地の神の差し向けであるという教祖の考え方からすれば、お下がりをいただくことも、金銭に困った人や難儀な人に貸したり与えたりすることも、同じく差し向けとして受け止められていたと考えられる。全てを差し向けと見る考え方を、資本主義でもマルクス主義でもない経済的・社会的なシステムとして、どう構想できるのか。お下がりをいただいた後にお返しをするのは広い意味での互酬であり、時間をかけ、次の世代に引き継ぎながら神様へお返しすることでもあり得る。

○ボルドーのSSE国際会議では、ガザ地区からの講演者が「SSEは平和のための経済か。そうだと言えるのか」と研究者たちに厳しく問うた。平和とは単に暴力がなくなることではなく、心や思いまで占領されないという抵抗であり、従事する人びとが生きがいを感じ、神様も喜ばれる営みが実現できるかどうかが問われている。このような差し向けと互酬の経済は、平和のための経済という問いにも重なってくる。

○「絆」は家族や国家などの集団があって初めて成り立つのに対し、「縁」は集団を前提とせず、個と個とが結ばれる関係として捉えられる。教団や教会についても、集団を先に置く絆モデルで考えるのか、神様が結んでくださる縁の連なりとして考えるのかによって、そのあり方は変わってくる。

○「御神縁は神様が結んでくださるもの」であり、縁はすべて差し向けであるという理解に立てば、絆という言葉に含まれやすい道徳主義化への警戒も必要になる。物やお金を介した縁は少なくなっていくとしても、縁は深いものとしてありたい。「つながりを問い直す」ことは、これまでのつながりを懐かしむだけでなく、今後に向けてどのような身構えを持つかを問い直すことでもある。

サイトマップ


Copyright(C) by Konkokyo Reserch Institute since 1954